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  2019年04月15日    

Dr山見のダイバーズクリニックvol.23 ナイトロックス(2)

今回も引き続き、ナイトロックスの身体への影響を解説いただきました。ナイトロックスを使用して、安全にダイビングしたいですね。


より安全に潜るためには?

●ナイトロックスで深く潜ってはいけないのはなぜですか?

山見:酸素中毒や窒素酔いを起こす危険性があるからです。エンリッチド・エア・ナイトロックス(以下EANx)を使ったダイビングでは深度に応じて「限界水深」が決められており、酸素中毒や窒素酔いを起こさない最大深度(最大圧力)を、限界水深または限界深度(限界圧力)または曝露限界と呼ばれています。

●限界水深はどのように決められますか?

山見:タンク内の酸素と窒素の濃度(分圧)から算出されます。酸素の限界圧力を1.4ATA とした場合(表1)を考えてみましょう。
酸素中毒の限界水深は、普通の空気であれば水深57m((1.4ATA÷0.21ATA−1ATA)×10=56.6m)ですが、EAN32では水深34m((1.4ATA ÷ 0.32ATA −1ATA)×10=33.7m)、EAN36であれば水深29m((1.4ATA÷0.36ATA −1ATA)×10=28.8ATA)となります。

●窒素酔いの場合は?

山見:窒素酔いの限界圧力は、水深30m(4ATA)と考えた場合、0.79ATA ×4ATA = 3.16ATA(窒素濃度を0.79%として計算)となりますが、吸入するエアの種類が変わっても高圧ガス酔いが起こり得ること、またその他の安全面を考慮して、いずれのエアを使うときも限界水深を40mまでとしていることが多いようです*1。

●EANxを使うと減圧症になりにくのですか?

山見 EANxを使って空気用のダイブテーブル(またはダイブコンピュータ)に従って潜るときは、減圧症発症リスクは減ると考えられていますが、EANx用のダイブテーブル(またはダイブコンピュータ)に準じると、空気を使ってダイビングをしたときと同程度になります。

●では、どんなメリットがあるのですか?

山見:EANx の利点として、レジャーダイバーの間では、疲れにくい、呼吸が楽、水中で頭がクリア、頭痛が少ないなどが言われていますが、医学的な研究(測定可能な検査方法)では、疲労や注意力に差が見られていません。今のところ、EANx のメリットは、減圧症発症リスクを減らすこと、または空気より長時間のダイビングを可能にする、の大きく2点になります*2。

こんなダイバーは積極的に使うべし

●使うメリットが大きいダイバーは?

山見:表2 にまとめました。いずれも減圧症発症リスクが高いダイバーということになります。まず「深場に長い時間潜るダイバー」は、特に有用と考えられます。減圧症のリスクだけでなく窒素酔いにかかる率も低下する可能性があります。たとえば、水深18.2m の無減圧潜水時間(減圧停止をしなくてもよい時間)は、空気では60 分ですが、EAN32 では100分となります(表3)。EAN32であれば同リスクで空気より40分も長く潜れることになります。

● 1 日何本も潜る場合、すべてのダイビングをEANxにすべきですか?

山見:使える環境であれば、すべてのダイビングで使いましょう。もし1日2本のうち1 本だけ使うのであれば、深度によって有用性が変わります。1 本目に深場/2 本目以降浅場に潜るなら1本目に使うといいでしょう。1 本目は水深の浅いチェックダイブで、2 本目以降本格的に潜るのであれば、2 本目以降に使います。EANxを2本目以降に使うと、実際の深度はリバースダイビングでも、空気換算上は回避できることもあります*3。

●高所移動時はどうですか?

山見:「ダイビング後、高所(標高300〜600 m)を移動するダイバー」は、米国海軍標準空気減圧表の反復グループ記号をA 〜Cにすればリスクが少ないことがわかっています。しかし、1日2 本以上潜ってA 〜C 以内に収めようとすると、潜水時間が短くなり満足いくダイビングができないことがあります。そういうときにこそEANx を使うメリットが高くなります*4。

●飛行機搭乗でも有効ですか?

山見:「ダイビング後、飛行機に乗るダイバー」もEANxを使って残留窒素を少なくすると安全率が高まります。ただし、EANxを使ったとしても搭乗までの時間を短縮することはできません。1本潜ったときは12時間、連日または1日2本以上潜ったときは18時間空けるというルールは守らなければいけません。

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● EANxと酸化ストレス

空気もEANxも、水中(高圧下)で吸えば酸素分圧が高まりますから、体内の酸化ストレス(活性酸素など)は増えることが予想されます。酸化ストレスは、過酸化脂質をはじめ、いろいろな体内物質で評価することができますが、ダイビングでは測定環境などの問題から検討できる項目は限られています。また、活性酸素はすぐに形を変えるため、そのものを測定することはできません。そのため、ダイビングでは、活性酸素の代謝反応過程で生じるヒドロペルオキシドを反映するd-ROMs(reactive oxygen metabolites)値や、抗酸化力の目安とされるBAP(biologicalanti-oxidant potential)値*5 を参考に評価する方法をとります。
空気を使ったダイビング(水深20m程度に水中滞在時間40 分程度、心拍数110 以下)では、BAP 値は増加することがあっても、d-ROMs 値が増加する傾向はありません*6。EAN32を使ったときは、陸上で少し激しく走ったときと同じ程度になることもありますが、明らかな有意差はなく* 7、オープンサーキット(open circuit)*8で水深50mまで潜り、EAN99で安全停止するようなダイビングをすると、変化率がやや大きくなる傾向があります(ただしほとんどが標準値内)。ダイビング中の運動強度を増すと(心拍数を増加させると)、空気を使ったダイビングでは、エグジット後のd-ROMs値とBAP値の変動範囲が大きくなります。また、EANxを使ったときも運動負荷がかかると、変動する傾向がありますが、正常域を大きく超えることはありません(あっても一過性)。ダイビング中は、呼吸ガスの酸素分圧、潜水深度(吸入酸素分圧)、潜水時間(酸素曝露時間)、運動量(運動強度増大による酸素摂取量増加)がいずれも増大するほどd-ROMs値とBAP値が変動する可能性が高くなりますが、病気を発生させるほどのものではないと考えられます。
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*1:できる限り水深30 mまでのダイビングが推奨されている。
*2:EANxの窒素濃度は空気より低いが、EANx用ダイブテーブルの潜水時間は空気より長めに設定されているため、EANxのダイブテーブルに従って潜ると減圧症の発症率は低下しない。空気ボンベで空気テーブルに従って潜ったダイビングと、EANxを使ってEANxテーブルに従って潜ったダイビングでは、減圧症の発症率は同程度ということになる。
*3:表3 を見ると、例えば1 本目に空気で水深15.2m に潜ったあと、2 本目に水深18.2m まで潜ると、実際の深度はリバースダイビングになる。しかし2 本目をEAN32 にすれば、2 本目が空気ダイビング換算で水深14.3m になり、リバースダイビングを避けることができる。ダイビング前にテーブルを引き、残留窒素をできるだけ少なくできるダイビングで使用するのが効率的。表4 に示したように、ダイビング本数が増えるにつれてEANx ダイバーと空気ダイバーの反復グループ記号の差は大きくなる。よってダイビング本数が増えるほどEANx を使うメリットは高くなる。
*4:EANx を使うと、減圧症リスクを上げることなく十分な時間ダイビングができた上に、あまり時間を空けずに米国海軍標準空気減圧表の反復グループ記号をA 〜C(安全に高所移動できる記号)にすることができる。
*5:BAP とは、血液中の抗酸化物質が、試薬中のFeCl3(三価鉄Fe3 +)をFeCl2(二価鉄Fe2 +)に還元する能力を現した値。抗酸化物質は、酸化ストレスが加わったときに、組織から血清中に動員される可能性がある。BAP 値が持続的に増加していれば抗酸化力が増強した可能性があるが、一時的に増えた場合は、酸化ストレスに対して防御機構が働いたとも考えられる。
*6:個人差や日差変動があるため、高値になることもあるが、高くても陸上でジョギングをしたときに変化する程度。
*7:d-ROMs 値もBAP 値もやや増加する例があるが、数値にばらつきが大きいため有意な変化にはならない。
*8:クローズドサーキット(closed circuit)に対して使われる言葉。クローズドサーキトは、リブリーザーとも呼ばれている。クローズドサーキットは、水中にエアが排出されない自給式潜水用呼吸装置(SCUBA)。呼吸に使われるガスを循環させて使用する。二酸化炭素吸着材を使用し、必要に応じて酸素を追加する。オープンサーキットは従来のスクーバダイビングと同様、吐いた空気がレギュレータのセカンドステージから水中に排出される自給式潜水用呼吸装置。

コラムニスト

山見 信夫(やまみ・のぶお)先生
医療法人信愛会山見医院副院長、医学博士。宮崎県日南市生まれ。杏林大学医学部卒業。宮崎医科大学附属病院小児科、東京医科歯科大学大学院健康教育学准教授(医学部附属病院高気圧治療部併任)等を経て現職。学生時代にダイビングを始めインストラクターの資格を持つ。レジャーダイバーの減圧症治療にも詳しい

*サイト内では、メールによる健康相談も受けている(一部有料)

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ダイビングを楽しむ上で気になる身体の問題を潜水医学の専門家で、自らダイビングインストラクターでもある山見信夫先生 ...
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カテゴリ: ダイビング


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